高齢になった愛犬が、徐々に動きが鈍くなり、最終的に「寝たきり」の状態になることは少なくありません。
老犬の寝たきり状態は、飼い主にとって心配の種となりますが、特に気を付けたいのが「床ずれ(褥瘡)」の発生です。床ずれは一度発症すると治療が難しく、愛犬に大きな苦痛をもたらします。しかし、適切な知識と予防策があれば、床ずれのリスクを大幅に軽減することが可能です。
この記事では、老犬の寝たきり状態における床ずれの原因や予防方法、さらには発症してしまった場合の対処法まで、詳しく解説していきます。愛犬との大切な時間をより快適に過ごすための介護のコツを一緒に学んでいきましょう。
老犬が寝たきりになる原因と症状
老犬が寝たきりになる背景には、加齢に伴う身体機能の低下や様々な疾患が関係しています。これらの要因を理解することで、より適切なケアが可能になります。
足の力の衰えと運動機能の低下
老犬は加齢とともに筋力が低下し、特に後ろ足から弱くなっていく傾向があります。
初期段階では、階段の上り下りをためらったり、ジャンプを躊躇したりする様子が見られます。次第に立ち上がるのに時間がかかるようになり、最終的には自力で立つことが困難になることもあります。
足の力が弱まる主な原因としては、筋肉量の減少、関節の変形や炎症、神経伝達の遅延などが挙げられます。また、長年の運動不足や肥満も筋力低下を加速させる要因となります。
椎間板ヘルニアなどの疾患
寝たきりの原因となる代表的な疾患のひとつが椎間板ヘルニアです。
特にダックスフンドやコーギーなどの長胴短足種に多く見られます。椎間板ヘルニアは、背骨の間にあるクッションの役割をする椎間板が飛び出して神経を圧迫することで、痛みやしびれ、最悪の場合は後ろ足の麻痺を引き起こします。
その他にも、変形性関節症、骨折、腫瘍、脳卒中、前庭疾患など、様々な病気が老犬の運動機能に影響を与え、寝たきり状態につながる可能性があります。これらの疾患は突然発症することもあれば、徐々に進行することもあります。
床ずれについてまず知ろう
床ずれは老犬にとって身近な悩みの一つです。そこでまずは、床ずれについて理解をしておきましょう。
床ずれとは
床ずれとは、体の同じ部位が長時間にわたり床やマットに接触し続けることで発生する皮膚や組織の損傷で、医学的には「褥瘡(じょくそう)」と呼ばれています。
寝たきりの老犬では、体が動かせないため特定の部位に体重がかかり続け、その部分の血流が悪くなります。血流の低下により酸素や栄養が十分に行き渡らなくなった組織は次第に壊死し、皮膚の赤みから始まり、ひどい場合は皮膚が破れて開放創になることもあります。
特に老犬は若い犬に比べて皮膚が薄く、筋肉量も減少しているため、床ずれが発生しやすく、また進行も早いという特徴があります。さらに、尿や便による汚れが床ずれ部位に接触すると、感染のリスクも高まります。
床ずれの起こりやすい部位と初期症状
床ずれが発生しやすい部位としては、肩甲骨、肘、腰の骨(腸骨)、膝、踵(かかと)など、骨が皮膚の近くに位置する箇所が挙げられます。これらの部位は筋肉や脂肪による保護が少なく、わずかな圧迫でも皮膚に大きな負担がかかりやすいのです。
床ずれの初期症状には、皮膚の赤みや熱感、毛が湿ってべたつくなどの変化が見られます。これらの症状を見逃さないためには、定期的に愛犬の皮膚状態を確認することが重要です。特に長毛種の場合は、毛を分けて皮膚の状態を直接確認するようにしましょう。
床ずれを予防するための対策
寝たきりになった老犬の床ずれを予防するためには、いくつかの重要な対策があります。これらを日常的なケアに取り入れることで、床ずれのリスクを大幅に減らすことができます。
清潔を保つための日常ケア
床ずれ予防において最も重要なのは、愛犬の身体を清潔に保つことです。特に排泄物は皮膚に強い刺激となるため、排泄後はすぐに処理し、付着した場合は優しく拭き取る必要があります。
老犬の皮膚ケアでは、以下のポイントに注意しましょう。
排泄物をすぐに取り除く
寝たきりの老犬は自力でトイレに行けないため、オムツを使用するケースが多くあります。オムツ内の尿や便はすぐに確認し、汚れていたら速やかに交換しましょう。排泄物が皮膚に長時間接触すると、皮膚炎や床ずれの原因となります。
定期的に綺麗なタオル等で身体を拭く
湿らせたタオルやペット用ウェットティッシュを使って、全身を優しく拭いてください。特に皮膚の折り目部分や、排泄物が付着しやすい部位は丁寧に清拭します。強くこすると皮膚を傷つける恐れがあるため、優しく拭き取ることが大切です。
皮膚の湿度管理
皮膚が常に湿った状態にあると、細菌やカビが繁殖しやすくなります。清拭後は、タオルでしっかりと水分を拭き取り、必要に応じて犬用のドライヤーを弱風・低温に設定して乾かしましょう。
毛のケア
長毛種の場合、毛が絡まりマットになると皮膚へのダメージの原因になります。定期的なブラッシングで毛の絡まりを防ぎ、床ずれが発生しやすい部位の毛は短く刈るなどの工夫も効果的です。
これらのケアは、床ずれ予防の基本中の基本です。特に屋外で飼育している場合は、可能な限り屋内に移し、環境を清潔に保つことが望ましいでしょう。これらの日常ケアを習慣化することで、床ずれのリスクを大きく減らすことができます。
寝床の質を高める
寝たきりの老犬にとって、寝床の質は床ずれ予防の重要な要素です。体圧分散マットは、体重が一点に集中することを防ぎ、血流を維持することで床ずれを予防します。
適切なマットを選ぶポイントは以下の通りです。
- 体圧をしっかりと分散できるか
- 通気性が良いか
- 耐水性があり、洗いやすい素材を使用しているか
- 厚さが適切で、不安定でなく安定しているか
- 素材の耐久性があるかどうか
マットを活用する際のポイントとしては、マットの上にタオルやシーツを敷き、汚れたらすぐに交換できるようにしておくことが挙げられます。また、マット単体だけでなく、特に圧迫されやすい部位には追加でクッションを置くなど、個別の対応も効果的です。
寝たきりの状態が長期間続く場合は、複数のマットを用意して定期的に入れ替えることで、常に清潔で機能的な環境を提供できます。適切なマットの選択と活用は、床ずれ予防の重要な柱となるでしょう。
体位変換をサポートしてあげる
体位変換(寝返り)は、床ずれを予防する上で最も基本的かつ重要なケア方法です。同じ姿勢で長時間過ごすことで生じる血流の低下を防ぎ、皮膚への圧迫を軽減します。
体位変換を行う頻度は、犬の状態やマットの性能によっても異なりますが、一般的には2〜4時間おきにしてあげましょう。体圧がしっかり分散できるマットを使用していても、1日3〜4回の体位変換は必須となります。
また、犬にストレスや痛みを与えないように優しく丁寧に行うことが大切です。具体的には以下の順序で行います。
- 前足を前方へ向け、胸が地面についたフセの体勢から始めます。
- 片手で両後ろ足の膝とかかとを曲げた状態で支えます。
- もう片方の手で反対側の股関節あたりを支えながら、曲げた足をお腹の下にしまいます。
- 体を持ち上げすぎず、テコの原理を利用して体を反対側にゆっくりと倒します。
適切な頻度で、正しく体位変換を行うことで、床ずれのリスクを大幅に減らすことができます。ただし、体位変換だけに頼らず、他の予防策と組み合わせることで、より効果的な床ずれ予防が可能になります。
骨の突出部などを保護する
床ずれは特に骨の突出部に発生しやすいため、これらの部位を重点的に保護することが予防の鍵となります。老犬の場合、筋肉量が減少しているため、若い犬よりも骨の突出が目立ち、床ずれのリスクが高まります。
肩、肘、腰、かかとなどの骨が突出している部位には、専用のパッドやクッションを当てて保護します。人間用の褥瘡予防パッドを代用しても構いません。市販の保護具がない場合は、タオルを巻いて作ることもできます。
骨の突出部が直接床に当たらないよう、マットレスの上に柔らかいシーツや毛布を重ねることも効果的です。足の関節同士が直接当たることで摩擦や圧迫が生じる場合もあります。このような場合は、関節の間にタオルを挟むなどして保護しましょう。
どのような保護対策を講じていても、定期的に保護具を外して皮膚の状態を確認することが重要です。発赤や炎症の初期症状が見られた場合は、保護の方法を見直す必要があります。
床ずれができてしまった場合の対処法
床ずれができてしまった場合は、まずは病院にかかることがおすすめです。しかし、病院に行けない場合や急ぎでの対応が必要な場合の対処法を解説します。
湿潤療法の実践方法
湿潤療法の基本的な実践方法を解説しますが、病院を受診せずに自己判断で治療を行うことで、むしろ悪化させてしまうことがあります。湿潤療法を行う際は、必ず獣医師に相談してから行うようにしてください。
湿潤療法は、床ずれ治療の中でも効果的な方法のひとつです。従来の「乾かして治す」方法とは異なり、傷口を適度な湿潤状態に保つことで、治癒を促進します。
湿潤療法の手順は以下のとおりです。
- 床ずれ部分の周りの毛をカットする
- 傷口とその周囲を水道水で綺麗に洗浄し、水気を清潔なタオルやガーゼで抑えて水気をとる
- 傷口をラップで多い、周りをテープで固定する(四方を囲むのではなく、一部隙間を作っておく)
- 布や包帯などで傷口全体を包むように固定してあげる
湿潤療法のドレッシング(ラップとテープの組み合わせ)は、傷の状態によって交換頻度が異なります。初期の浸出液が多い時期は1日1〜2回、安定期には2〜3日に1回、治癒が進んだ時期には3〜4日に1回が目安です。
ウジが発生した場合の対処法
床ずれが悪化し、衛生状態が保てないと、最悪の場合、傷口にウジ(ハエの幼虫)が発生することがあります。これは「ハエウジ症」と呼ばれる状態で、愛犬にとって非常に深刻な状況です。
ウジが発生した床ずれは緊急事態です。できるだけ早く獣医師の診察を受けることを強く推奨します。ウジは組織を急速に破壊し、感染を広げる可能性があるため、専門的な治療が必要です。
どうしても即座に獣医師のもとへ連れていけない場合は、清潔なピンセットを用意し、丁寧にウジを一匹ずつ取り除きます。すべてのウジを取り除いたら、傷口を水道水で優しく、しかし十分に洗浄します。洗浄後は水分を軽く拭き取り、湿潤療法を実施します。応急処置後も、できるだけ早く獣医師の診察を受けるようにしてください。
まとめ
寝たきりの老犬の介護は、飼い主にとって体力的にも精神的にも大きな負担となります。
しかし、適切なケアと愛情によって、愛犬の苦痛を軽減し、残された時間をより快適に過ごすことができます。床ずれは寝たきり老犬にとって避けられない運命ではなく、予防可能な問題です。
この記事で紹介した予防法や対処法を参考に、愛犬のためのケアに取り組んでみてください。